salt0810の日記

気になるトピックについてつらつらと書いています。

トカゲにダメ出しした監督

図書館と言えば普通はしんと静まり返った空間を想起させるものですが、私が通っていた中学の図書室というのは生徒たちがバスケなどに興じる体育館よりも賑やかで、大声でのおしゃべりはおろかお弁当を持ち込んでパクついている人もざらにいるという非常にカジュアルな場所でした。

 

ある日そんな図書室に、中3だった私は放課後缶詰にされておりました。卒業間近ということで卒業文集に載せる作文を提出しなければならなかったのですが、再三の催促にもかかわらず、ずるずると提出を先延ばしにしていたダメ生徒たちが、業を煮やした編集委員たちに「提出するまで帰るな」と申し渡されたのでした。残念ながら私もダメ生徒のひとりだったというわけです。

 

ところが閉じ込められた図書室が前述のとおり校内随一のパラダイスだったものですから集中できるはずもなく、本棚の間をうろうろとしては面白そうな本を手に取るなど、完全に現実逃避しておりました。

 

やわらかそうな本、やわらかそうな本…と探していた私の目に留まったのが、「戦場のメリークリスマス―シネマファイル」という一冊でした。いわゆる映画のメイキング本です。パラパラとめくってみると、デビッド・ボウイだの坂本龍一だのビートたけしだの、信じられないようなメンツが出演しているではないですか。映画の内容もいままで自分が観てきたのんきな映画とはまるで違う、アホな子どもには想像もつかないようなものでした。

 

「これはすごい!観ねばならぬ!」そう思った私は、あろうことか「この本もらっていきます」のメモと1000円札を返却ポストに入れて、メイキング本を勝手にいただいてしまいました。(ありえないですね。でもそういうのが許される雰囲気の図書室だったのです。その後、お金は司書の方がユニセフに寄付してくださいました)

 

そして高校受験が終わって「さあ、遊ぶぞ!」となった頃、なんとタイミングよく「戦メリ」がリバイバル上映されることになりました。私は数人の友だちにメイキング本を見せて煽りまくり、池袋の映画館に連れ立って出かけました。

 

実際にスクリーンで観た「戦メリ」は、それはそれは衝撃的でした。それまで私は映画は年に一本観るか観ないかといった感じで、観た映画といえば「グーニーズ」「ユニコ」「キタキツネ物語」「少年ケニヤ」「スヌーピーとチャーリーブラウン」「ラビリンス/魔王の迷宮」以上!という脳みそのしわの少ない子どもでした。いま思えば「戦メリ」が初めて観た“映画作家の作品”だったのだと思います。

 

劇場は私たちのような女子学生のグループもいれば男性一人客もいて、海坊主のようなコワモテのおじさんが滂沱の涙を流しながら観ていたのが強烈な印象でした。幸福な映画体験というものを考えるとき、いまでもあのときの劇場が私の中で原風景として蘇ります。

 

映画を観終わったあと2週間ほどショックで呆然としていた私は伊勢佐木町の映画館に二度目を観にいき、原作本を買い、サントラを買い、挙句の果てにイミダスで大島渚監督の住所を探してファンレターを書きました。(この辺のハマリ方の激しさが後に東方神起にも発揮されることになるのですね)幸い監督から自筆のお返事をいただき、感激のあまりなぜか「よし、映画業界をめざそう!」という結論に至るという、つくづく単細胞な子どもでありました…

 

それから20年余りの月日が流れ、幸い映画に関わる仕事にも数多く携わることができたわけですが、いま思うとあのとき作文提出をずるずると延ばした怠惰な自分に感謝せずにはいられません。

 

戦メリ」の撮影に関して私の好きなエピソードがあるのですが、劇中、ハラ軍曹を演じたビートたけし「大島渚著作集」の刊行に寄せてそのエピソードを語っていましたので、最後にご紹介したいと思います。

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大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』でラロトンガ島に行った時の話なんだけど、監督がトカゲが岩の上を走るというカットを撮りたいというんで、トカゲを置いて、「ヨーイ、スタート」って何度やってもうまくいかない。でもって大島監督はトカゲに向かって「何でできないんだ。ちゃんとやれ!」って本気で怒鳴っているの。その姿がコントみたいでとても可笑しかった。今思えば、あの時が自分が映画監督をやりたいと思った最初かもしれない。 

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大島渚著作集〈第1巻〉わが怒り、わが悲しみ

大島渚著作集〈第1巻〉わが怒り、わが悲しみ